【近畿の魅力発信Vol.178 大阪府泉北郡忠岡町】

【近畿の魅力発信Vol.178 大阪府泉北郡忠岡町】

~日本一小さなまち~

 

泉大津市と岸和田市に挟まれた細長い形をした忠岡町は、平成21年(2009年)10月より、日本で最も面積の小さなまちとなりました。

 

寿永2年(1183年)、木曽義仲に大敗を喫した平家一門は、幼い安徳天皇を奉じて西国へと都落ちしたといわれています。平清盛の異母弟であった平忠度と、その息子・忠行は、生まれ故郷である紀州熊野を目指し、紀州街道を南下していました。ところが、義仲四天王の一角・今井兼平の子である兼滋率いる追っ手が背後に迫り、父・忠度を先に進ませた忠行は、大津川南岸の土手に陣取り、民家の戸板を楯代わりに並べて兼滋を迎え撃ち、忠岡神社の鎮座地付近で、わずか十八歳の命を散らしたといいます。村人たちは哀れみ、小高くなった場所に忠行を葬り菩提を弔いました。これが「忠行の丘」と称ばれるようになり、「忠岡」という地名の由来であるといわれています。

 

本日は、その舞台となった「忠岡神社」を訪ねてみました。

 

手前の小さな石柱には「昭和八年 皇太子殿下御降誕記念碑」が。当時の国民の祝賀ムードを彷彿とさせますね。

 

我われが訪れたのは、11月。七五三のおまいりシーズン真っただ中!お祝いの横断幕が、お社の正面にも掛かっていました。

 

「忠岡神社由来」によると、元は「菅原神社」と称し、菅原道真公を祀った天満宮であったことが見てとれます。

 

境内には、天満宮・天神社・菅原神社共通の撫で牛も鎮座しています。

 

忠岡神社の境内には、もう一つの顔があります。

俳誌『ホトトギス』を主宰した高濱虚子・年尾親子の句碑が町内のホトトギス同人である小島梅雨・ミサヲ夫妻によって昭和46年に建立されており、さらに平成元年には、稲畑汀子氏の句碑が建立されました。

大汐干 句会の船を 五六艘    (虚子)【季語:汐干(春)】

その昔よりの 千鳥の洲なるべし  (年尾)【季語:千鳥(冬)】

千鳥の洲とて 訪ねたき 心すぐ  (汀子)【同上】

 

親子三代句碑は、汀子氏のお住まいの芦屋川河畔にあるのみとのことで、俳句ファンのかくれスポットとしても密かな人気だそうです。

 

また、境内の立派な奉納馬は、萬野汽船株式会社が献上されたもの。

かつては外航海運業を行い、最盛期には貨物船17隻、総重量70万トンを保有していましたが、現在は海運業をお休みし、グループ全体の持株会社として活動しているそうです。(松豊土地建物株式会社HPより)

この記事を書きながら、忠岡町のことを調べていると、とても興味深い動画にたどり着きましたので、御紹介いたします!

 

忠岡町×ECC 英語でPR動画 「TADAOKA TO THE WORLD」

https://www.youtube.com/watch?v=n0smS1NNbuY&feature=youtu.be

 

日本一小さな町・忠岡町の「英語教育で地方創生」企画。

町の子どもたちがアンバサダーとなり、英語の歌とダンスで国内外に町をPRすることを目的としています。…とのことです。

 

御紹介した「忠岡神社」も、もちろん登場していますよ。

なんとも微笑ましく可愛らしい、忠岡の子どもたちによるまちおこしですね。

 

日本で一番小さなまち、忠岡町も高齢化が今後急速に進んでいくとみられています。

「だんじり」をはじめとする町固有の文化資源を最大限に活用し、住民が身近な場所で多彩な文化芸術とふれあう機会を提供するとともに、「忠岡神社」をはじめとする歴史文化の保全と活用を図る中で、まちの活性化を図ることが望まれます。

 

 

忠岡神社

大阪府泉北郡忠岡町忠岡中1-26-3

0725-32-3628

※「おまつりの日」や「祈祷中」は電話に出ることができない場合があります。